歴史

【Einkorn(アインコーン/一粒小麦)とは】

人類が食した最初の小麦。”Einkorn”という単語はドイツ語で、「一粒小麦」という意味になる(他の言語での呼び方はこちらを参照)。アインコーンは大きく、野生型のTriticum boeoticum、栽培型のTriticum monococcumに分類される。野生と栽培は各々別のものとして分類されることもあれば、現在はTriticum monococcumの亜種として分類され、栽培型はT. monococcum ssp. monococcum、野生型はT. monococcum ssp. boeoticum (Boiss.) MKと分類される。アインコーンはAAゲノムの2倍体で14染色体(二粒系小麦はAABBゲノムの4倍体で28染色体、普通系小麦はAABBDDゲノムの6倍体で42染色体)の植物である。数千年前には豊かに実っていたアインコーンであるが、今日では限られた地域でしか栽培されていない。他の小麦よりも高栄養価のあるアインコーンは、近年ではスーパーフードとして取り上げられることが多い。

【アインコーンの起源】

アインコーンはエンマー (T. dicoccum) と並び最古の栽培型小麦の一つである。野生のアインコーンの穀粒はチグリス・ユーフラテス川の肥沃な三日月地帯の亜旧石器時代の遺跡から見つかっている。アインコーンが最初に栽培されたのは約9,000年前(紀元前約7,500年)、先土器新石器Aから先土器新石器Bの時代だった。2倍体のエギロプス属クサビコムギと栽培型アインコーンが自然にかけ合わさることで二粒系小麦が生まれた。アインコーンが栽培化された地域は、先土器新石器B時代の農耕集落の遺跡が多数発見されているトルコ南東部のKacara Dag(カラジャ)山付近であるとAFLP法によるDNA分析の結果は示している。青銅器時代にはその栽培は減少し、今日では大変稀有な小麦がアインコーンである。アインコーンは地方の作物としてブルグル(麦粒を湯がいてから乾燥させて粗挽きにした食品)や家畜の飼料などの形でフランス、モロッコ、旧ユーゴスラビアおよびトルコなどの国々の山岳地帯に残っており、その多くは他の種類のコムギが栽培できない痩せた土壌の土地に残っている。その後、南コーカサス、中東、南欧、西欧、バルカン半島、地中海地域へと栽培が広がっていった。

【アインコーンの分類】

アインコーンは他の現代小麦とは異なり、スペルトやエンマーのような古代小麦同様、「蓋付き小麦(covered wheat)」に分類される。アインコーンのように、穀物の頭の部分を花穂と呼ぶ。小花(これが粒)は花穂と守穎(外穎と内穎)で構成され、小花が集まったものを小穂と呼ぶ。小穂が複数集まることで穂軸が成る。アインコーンは難脱穀性、穀粒は堅い頴(殻)にしっかりと包まれている。栽培型の形態は野生型に似ているが、熟した時に穂軸が自然に折れて脱落しない非脱落性であり穀粒が大きい点が異なる。「一粒」の意味は、小穂の中に一粒(小花)しか含まれていないことによる。

【他の小麦との違い】

アインコーンが他の小麦と違う理由は4つある。粒の数、粒の大きさ、ゲノムの種類、染色体の数がそれだ。

1つ目が一小穂内の小花(粒)の数である。アインコーンは一粒系小麦と呼ばれ、小花が一つしか入っていない。二粒系小麦(エンマー、デュラム、ホラーサーン、カムート、サラゴッサ等)には小花が二つ入っており、普通系小麦(現代小麦のパンコムギ、スペルト等)には小花が三~五つ入っている。

2つ目は、粒の大きさである。現在、麦は小麦、大麦、ライ麦、燕麦などに分かれるが、当初、小さい麦を小麦、大きい麦を大麦と呼び分けていた。そのことからも分かる通り、アインコーンの粒は極小である。次第に他の小麦とかけ合わさることで、小麦自らが生き残るため、あるいは栽培者が収量を上げるため、粒が大きくなっていった。Farro(ファッロ)と呼ばれる小麦の分類によると、ファッロは、アインコーンをFarro Piccolo、エンマーをFarro Medio、スペルトをFarro Grandeに分類している。これはそれぞれイタリア語で、小、中、大という意味であり、粒の大きさについて述べていることになる。

3つ目はゲノムの種類である。歴史のところでも触れているが、小麦はAAゲノムのみしか当初はなかったが、エギロプス属クサビコムギがアインコーンと交配することで、クサビコムギのBBゲノムが取り込まれ、AABBゲノムを持つエンマーが登場した。その後、エギロプス属タルホコムギがエンマーと交配することで、タルホコムギのDDゲノムが取り込まれ、AABBDDゲノムを持つスペルトが登場した。現代のグルテン量を計る検査はDDゲノムの有無を調べている。アインコーンにはタンパク質(グルテニンとグリアジンが合わさったグルテン)が含まれているが、グルテンの種類がゲノム上違う。

4つ目は染色体の数が違う。他の植物同様、アインコーンも2倍体(2つの染色体を有する)である。2n=14染色体のように表記するアインコーンは、二粒系小麦(2n=28染色体)と普通系小麦(2n=42染色体)とは異なる。染色体の構成から見ても、他の小麦とは全く異なる小麦がアインコーンである。